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自分の幸せをきめるのは「みんな」?それとも…… 『青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢をみない』感想

鴨志田一さんは私が大好きな作家の一人です。

知らない方の為に、一応説明しておくと、鴨志田さんは、2012年にアニメが放送された「さくら荘のペットな彼女」という人気アニメの原作を書いていたり、「Just Because!」というアニメの脚本を務めたりするなど多方面で活躍されている人気作家です。

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感動間違いなしの名作アニメ『Just Because!』のワンシーン

鴨志田作品の魅力は、何といってもキャラクターが持つ心情の機微を見事に表現する筆者の技量にあると言えるでしょう。
作中で吐露されるキャラクター達の心情に私はいつも心を揺さぶられています。

今回紹介する「青春ブタ野郎シリーズ」もそんな鴨志田さんの人気作の一つです。

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青春ブタ野郎シリーズの最新作(2018年5月時点)『青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない』



まずこのタイトルをきいて、この作品を知らない方が思うことは『「青春ブタ野郎」ってなんだ?』ということでしょう。

この単語は、シリーズ第一作目にあたる「青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』で主人公である梓川咲太の長年の友人に当たる双葉理央が「さすが梓川青春ブタ野郎だね」と咲太に投げかける形で初めて登場しています。

 

言葉の意味がわからない咲太が「なんだよそれ」と訊き返すと、双葉は「自分のためには本気になれなかったくせに、美人の先輩のためになら、どんな恥もかけるやつが、青春ブタ野郎じゃなくてなんなのよ」と言います。この台詞通り、作中で咲太は「美人の先輩」である「桜島麻衣」のために奔走し、恥も外聞もなくただ必死で彼女を「思春期症候群」から救いだしています。

「思春期症候群」とは、何かしらの問題を抱えている少年少女の身に起こる不可思議な現象のことです。
例えば、麻衣には「透明人間になる」という症状がでていましたし、咲太の妹の花楓は「身体に原因不明の痣ができる」という症状がでていました。

この「思春期症候群」は一般的は都市伝説の類と扱われ、まともな大人たちはその話を「多感な時期ゆえに不安定な心がみせる心理現象だ」と切り捨てたり、「パニック症状」や「集団催眠」という言葉で類型化したりしてわかったふりをします。

いずれにせよ、この症状は思春期を通り過ぎている「大人」に完全に理解しきれるものではありません。
ただ、十代の少年少女が世間(家族・クラスメイト・友人)との間に感じた何らかのストレスが原因の現象であると考えることは事の本質からそれほど外れてはいないでしょう。

そしてこの症状は、咲太と恋人関係になる麻衣だけではなく、咲太の周りにいる人間に次々と起こり、物語上、咲太はその根本にある問題を解決していく流れになります。

 

ところで、そもそもこの作品で言う「青春」とは何でしょうか。

一般に「青春」「ライトノベル」というキーワードを聴いて私たちが真っ先に思い描くのは甘酸っぱい恋愛模様であることが多いと思います。ですが、一巻目ですでに麻衣と恋愛関係になった咲太が、それ以降、恋愛関係にない他のヒロインの思春期症候群をも解決していくことからこの作品が「青春」としているものは恋愛関係だけではないのではないかと私は思いました。言うなれば、家族不和、いじめ、友人関係などを含めた

思春期の問題にどう向き合うか

ということが作中のメインテーマとして設定されているのだと思います。


今回はそんな「青春ブタ野郎シリーズ」の中から最新巻の「青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢をみない」のレビューをしたいと思います。

※尚、これ以降はネタバレをかなり含むレビューとなりますので、その点はご了承ください。


シリーズ八作目に当たる今作のヒロイン、梓川花楓は咲田の妹で不登校の女子中学生です。花楓はいじめが原因で、不登校になり、それが原因で思春期症候群を発症してしまいます。そして、それ以降、彼女は「お留守番」として学校に通わずに家で日々を過ごすことになっています。

やがて時が過ぎ、そんな彼女も中学を卒業して高校に通わなければならなくなります。
私立中学の受験をした場合は別ですが、そうでない方にとっておそらく高校受験は人生で最初に大きな「決断」を迫られる時期といっていいでしょう。

その「決断」が花楓にとってより良いものであるようにとスクールカウンセラーの友部美和子が助言をしにきます。

花楓の他に美和子と咲太、そして離れて暮らす父を含めた四人で出願先を決める相談の中、花楓が下した決断は、「兄や麻衣と同じ峰ヶ原高校に通いたい」と言ったものでした。

しかし、不登校児で内申点が悪い彼女が、県立の全日制高校に合格することは簡単なことではありません。

美和子は、その点を心配し、スクーリングとレポート提出のみで毎日の登校が義務付けられていない通信制の高校に入学することをすすめます。

双方の意見をきいていた咲太は、花楓の意志を尊重し、麻衣やその妹ののどかにも協力してもらって花楓の峰ヶ原高校受験を応援することにしますが、その一方で、駄目だった時のことを考えて、美和子と共に花楓に内緒で通信制の高校の説明会にいきます。

咲太が通信制の高校の説明会に参加して受けた印象は、それまでの咲太の通信制高校のイメージとは異なりました。

その通信制高校は、毎日の登校が義務付けられていないという意味で、全日制の高校に比べて「ふつう」ではありませんが、その説明会で上映されたビデオに映っている生徒達は皆、活き活きと「学校生活」について語っていたのです。
特に、芸能活動をしているのどかも所属しているアイドルグループ「スイートバレット」のメンバー、「広川卯月」の次の言葉は咲太に強い印象を残します。

「私ってなんか空気読めないってよく言われて、クラスでも一人になっちゃって……空気って吸うものなのにおかしくないですか? それで、学校つまんなくなって、毎日行くのが嫌になって……半年くらい不登校だったんですけど、この学校のこと知って、興味でちゃったから、前の学校やめました。今は友達いますよ! やっぱり空気よめないねっていって笑われるけど、みんなおもしろがってくれてます」


通信制高校はそこに通う高校生が少数派であるという意味ではやはり「ふつう」ではありません。しかし、在校生の卯月達が楽しそうにきらきらとした希望をもっているのをみて、この学校も花楓の選択肢の一つになり得るという思いを説明会に参加した咲太は抱きました。

一方、花楓は兄と同じ高校に入るために懸命に受験勉強に励んでいます。
しかし、その花楓が峰ヶ原高校に拘るのには、兄にも言っていない理由がありました。


猛勉強の結果、なんとか合格ラインの学力に到達した花楓は、受験を受けに試験会場である高校にいったまでは良かったのですが、受験中に気分が悪くなって受験をリタイアしてしまいます。

 

それを知って花楓がいる保健室に来た咲太は、試験監督の担任教師から受験途中で退席した花楓が教室に残した鞄を取りに行くように言われて、その中に入っていた一冊のノートを偶然読んだことで花楓が峰ヶ原高校に拘っていた理由を知ることになります。

 

花楓は自分の中にかつて存在した「かえで」の為に、峰ヶ原高校を目指していたのでした。
ここまで読んでいる人は、おそらく「青春ブタ野郎はお留守番妹の夢を見ない」を読んでいると思いますが、簡単に補足しておくと、花楓は不登校児だった二年間、いじめというつらい現実から身を守るために解離性同一性障害という病状を引き起こし、それまでの記憶を失った「かえで」として過ごしていたため、その間の記憶がありません。

 

そして解離性同一性障害が治った今、もうこの世界に存在しない「かえで」が残したノートに記されていたのは、「お兄ちゃんと同じ高校に行きたい」という願いでした。

そのかえでの願いを叶えるために花楓は峰ヶ原高校への入学を望んでいたのです。
そのことを知った咲太は花楓に自分自身が本当に峰ヶ原高校に行きたいと思っているのかを確かめます。

 

咲太が花楓の複雑な胸中に気づいていることを知った花楓は、それでもまだ「自分の」決断をすることはできませんでした。それも「みんなと違うのは恥ずかしい」という消極的な理由によってです。

 

しかし、実際には花楓が知らないところにも、彼女が知らない「みんな」が沢山存在します。
ある「みんな」という集団から離れた先でも、必ずしも孤独になるわけではなく、そこには別の「みんな」がいることを花楓に知ってほしいと思った咲太はのどかに協力してもらって、広川卯月に通信制高校の話をしてもらうように頼みます。

「卯月さんはどうして今の高校に通おうと思ったんですか?」と問いかける花楓に、卯月は自分も最初は通信制高校ときいて身構えていたという当時の心境を明かします。今の花楓と同じように、通信制高校は「みんな」とは違う、「ふつう」ではないというイメージを卯月も持っていたのです。

 

しかし、卯月は結局、通信制の高校に入学します。その高校のパンフレットを持ってきた母親の「卯月の幸せはみんなじゃなくて卯月が決めるんだよ」という言葉に加えて、学校という「みんな」に馴染めなかった自分にもメンバーや、ファン、母親という別の「みんな」がいることを思い出し、自分の意志で通信制高校に行くことを決めたとのことでした。

そんな卯月の話をきいた花楓は他の誰でもない自分の気持ちで決断をすることの重要性に気づき、想定外の定員割れで合格した峰ヶ原高校に入学せず、進学する高校は自分で決めると咲太に伝えます。

今巻は、「お留守番いもうと」だった花楓が自ら決断し、外の世界に自分なりの方法で入っていこうとする「おでかけシスター」に成長するまでの物語だったのです。

本作に連なるテーマは「思春期の悩みにどう向き合うか」ということでした。いじめを受けて不登校になっていた花楓の進学に対する悩みもまさに「思春期の悩み」でしょう。そして今巻のアンサーは「自分の幸せは自分で決める」というものです。

 

念のため言っておきますが、この作品は「みんな」と違う道に進むことを読者に推奨しているわけではありません。もし「普通に生きるな!」というメッセージを発するのであれば、それは「普通に生きろ!」という命令とベクトルが違うだけで同じことになってしまいます。自分の意思とは別に誰かに命じられて「普通に生きない」という道を選択したのならそれは自分自身で決めたことではなく他人によって決められたことだからです。そうではなくて、自分がどういう風に生きて行動したいかという思いが、「空気」や「みんな」といった曖昧なものによって決められていないかということを問うているのだと思います。

当たり前ですが、自分の決断(あるいは決断しないこと)の責任は自分以外の誰かが取ってくれるものではありません。まして「空気」や「みんな」が取ってくれるわけではありません。

だからこそ、自分なりの「幸せ」というものを考えた上で、自分自身の気持ちに正直になったら良いのではないかというメッセージを鴨志田さんはこの作品に込めたのではないかと思います。

今巻だけではなくこのシリーズは全体的に「空気」といった曖昧なものに抗う「青春ブタ野郎」の咲太が奔走する話です。「空気」や「みんな」に苦しめられた結果として発症する「思春期症候群」というSF的な症状を咲太が解決していくというプロットがそれを象徴的に表しています。このシリーズは、思春期に(あるいは大人になった後もずっと)陥りがちな「空気やみんなにあわせなければならない」というストレスフルな精神状態の救いになり得る作品であるというわけです。


さて、ここまででレビューはひとまず終わりです。ですが、このシリーズは現在も連載中であり、今巻でも話の本筋とは別にいくつかの「謎」が提示されることになりました。その布石は次巻で回収されることになるでしょう。青春ブタ野郎の奔走は続くのです。次は一体何が咲太を待ち受けているのか……。そして彼がみた「夢」とは一体……。今から次巻が楽しみでなりません。