「好き」を発信する

オタクのブログ

【エッセイ】確認せずにはいられない。(6442字)

普段は何気なく使っている言葉でも実際にはその意味をよく知らずになんとなくの感覚で使っていたなんてことは私にはいくらでもあります。

例えば、エッセイときくと、「随筆」という単語がすぐに頭に浮かびますが、はて随筆とはなんぞやと小学生に問われたとき、わかりやすく正確に説明できるかどうかは怪しいかもしれません。

こういう時は辞書に頼りましょう。

広辞苑でエッセイという項目を引くと、そこにはこうあります。

①随筆。自由な形式で書かれた、思索性を持つ散文。

②詩論。小論。

なるほど。

私が今回のせる文章は、このエッセイというカテゴリに当てはまるかもしれません。

このブログは、基本的にライトノベル美少女ゲーム、アニメなどの感想を書き記し、その気持ちを発信、共有するために開設されたものですが、今はまだ手探りの状態で、読んでくれる人も殆どいないため、実験的にあれこれやってみます。

そんなわけで今回のせるエッセイの題材は私が中学生の時の話です。普段の記事とは文体を変え、一人称も「私」から当時使っていた「僕」に変えています。

内容は、とあるカードゲームのオタクだった少年「僕」がある男に出会って、そこから一つの教訓を得る話です。一応、エッセイと銘打つことにしますが、事実に脚色を加えていったので、エッセイというよりも小説と言った方が正確なのかもしれません。そのあたりは割引いてお読みください。フランスの思想家、ジャック・デリダは「誤配」という考えを示し、手紙というものは本来それがとどくべきでない相手に届いた時に最も有効に読まれると言っています。

今回の「誤配」が読んでくれた方に幸運をもたらすものでありますように。

それでは、ごゆるりとご笑覧下さい。

    *    *    *

 

人間は二種類に分けられる。資本家と労働者。金持ちと貧乏人。モテと非モテ。持つ者と持たざる者だ。

 

中学1年生の冬から中学3年生の春にかけて僕はとあるカードゲームをやっていた。元々は学校の友人に半ば強引に誘われ、ゲームを始めるために必要なデッキというカードの束を丸々貰って始めた暇つぶしに過ぎなかったが、単純なようで意外に奥が深いそのゲーム性に魅入られた僕は気づいたらすっかりそのゲームに嵌まってしまっていたのだ。

 

部活に入ってはいたものの、幽霊部員だった僕は、週末が来るたびに電車と徒歩で30分ほどかけて近場のカードショップに足を運ぶようになった。しかし、最初こそ友人と一緒に行っていたものの、そのうちに同行者が一人、また一人と減っていってしまった。彼らはそれぞれ他の娯楽を見つけ、カードゲームに飽きたのだ。だがそれでも僕はカードショップ通いをやめなかった。今にして思えば、学校の外でゲームに傾倒することで教室では決して本流には慣れない自分自身を肯定していたのかもしれない。

 

それに僕の腕前は悪いものではなかったのだ。あらゆるカードゲームの勝敗の決定は多分に運の要素を含むものではあるが、結局は法則を知っているかどうかという問題でもある。こういう時はどう対処すれば良くて、そのために必要なカードはなにでデッキにはそれを何枚入れればいいということが分かってくれば、勝率をあげることはできる。

 

やがて僕はそのカードショップで開かれている大会にでることにした。初対面の人間と挨拶もそこそこに切り上げてゲームをすることは僕にとって緊張を伴うことではあったが、誰とどこでやろうがそこでやることに変わりが生じるわけではない。教室で解く定期テストの数式と模試の会場で解くそれとでやることが変わらないのと全く同様に、僕がしたことは盤面に応じて一つ一つ法則を当てはめていくことだけだった。

 

結果として僕はその大会で優勝した。「ん? 終わったの?」と欠伸をしながら出てきた恐らくは代謝が良くないのであろう中年店長に「おめでと」と渡された優勝賞品のプレミアムカードは今も捨てられずに持っている。何をやっても中途半端な人間だった僕にとって狭いカードショップの小さな大会で優勝することができたことは、親に無理矢理通わされていた水泳や剣道で昇級した時よりも、校内順位が二桁から一桁に上がった時よりも、遥かに大きく、そして価値のある体験であるように感じられたのだ。

 

これに味をしめた僕は、そのカードショップよりも少し家から遠いデパートの大会にも参加するようになった。某少年誌に掲載されていた週末の大会情報を隈なくチェックし、予定が合う限り参加した。

 

それからの勝率は勝ったり負けたりして五分五分といったところだ。参加している回数が多いので優勝賞品のプレミアムカードの枚数は増えていったが、自分よりも遥かに歳下の少年に引きの運で負けた時はそれなりに堪えるものがあった。

 

「このままではいけない」という焦燥感に駆られた僕は、「これからはパソコンぐらい使えないとしょうがないから」と祖父に買って貰って以来、殆ど使わずに埃を被っていた某電子メーカーのデスクトップパソコンを立ち上げ、インターネットに接続し、そのカードゲームの必勝法を電子の海に求めた。

 

膨大な情報網の中を渉猟すること小一時間。僕はとあるサイトを見つけた。そのサイトは僕がやっていたカードゲームのデッキレシピを掲載しており、運営者のA(仮名)という男は「日本ランキング常連者」を自称していた。最初は詐称を疑ったが、そのサイトには運営者のブログに繋がるリンクが貼られていて、そこに書かれていたいくつかの公式戦のレポートを見た僕は、ここが本物のトップランカーによって運営されるサイトであることを確信した。

 

また、ブログには日常生活の事も書かれており、その情報から今度Aが参加しようとしている小さな大会の所在地が自分の家からそれほど遠くない場所であると知った僕は、そらから数日後、勇気を出してプロフィールに書かれていたメールアドレスに連絡を入れた。『はじめまして! いつも楽しく拝見させていただいている◯◯というものです! 今度僕も同じ大会に参加する予定なのでよかったらお手合わせお願いします!』

 

大会当日、人混みの中から予めメールで知らされていた服装の男を探した僕は、すぐにAを見つけることができた。テーブルでゲームプレイ中のAの周りにはたくさんの人が集まっていたため、その姿はとても目立っていたからだ。ゲームがひと段落ついた頃、僕は隙をみてAに話かけた。「あ、ど、どうも……メールでご挨拶した◯◯と申します」恐々と話かける僕をみたAは一瞬訝るような顔をしたが、すぐに思いだしたのか短く「ああ」と呟き、「大会が始まるまでは身内とゲームしたいからまた後でね」と言った。だが結局、僕はその日、大会が終わった後もAとゲームをすることはできなかった。彼の周りには常に人がおり、新参者の僕が近寄れる状況にはならなかったのだ。ちなみに大会はAの優勝に終わった。

 

 

それからも僕は諦めなかった。少し足を伸ばせばそこにハイランカーがいるのだ。このゲームで強くなりたいのなら既に強い者に教えを請うことが最も有効な方法だと思った。大会が開催されるたびにAの行きつけのカードショップを訪れ、四度目でようやく僕はAとゲームをすることができた。

 

「筋は良いと思うんだけどね」

そう苦笑するAの実力に僕は正直驚いていた。地元の大会では何度も優勝している僕が、Aを相手にすると10回中2回しか勝つことができなかったのだ。その結果は僕に「引きの運」などという言い訳に逃げることを許さず、歴然とした実力の差を見せつけるものだった。

 

Aはカードゲームの才能を「持つ者」なのだと僕は思った。水泳教室に、道場に、塾に、学校に、それぞれの才能を持っている子供達が居たように、Aはカードゲームの才能を持っていて、僕にはそれが無いのだ……。

 

ゲーム後、Aと雑談をして彼の人となりを知ることができた。彼は当時中学生の僕よりも2つ歳上の高校生で、本人曰く学校にはあまり行っていないらしかった。天然パーマでニキビ面、暑くても常に黒い長袖のシャツを着ているAは、客観的にみてお世辞にも器量やセンスが良いとは言い難かったが、その実力に気さくな性格も相まって自分が活躍することができるカードゲームの世界では多くの友人に恵まれているようだった。

 

やがて僕はAを通じて彼が所属するゲーマーのコミュニティに入れて貰えることになり、一緒にゲームをする強い仲間を得たことで、カードゲームへかける熱量がますます大きくなっていった。夏休みには全国各地の地方都市で行われる公式戦に出来るだけ多く参加するために、東京から大阪まで向かおうとして青春18切符という格安乗車券を仲間と折半したこともあるが、結局、この計画は親にばれて頓挫してしまった。

 

そんな日々を送る中、受験生の学年に上がる前のクリスマス直前に行われた大会で僕にとって大きな転機となる出来事が起こった。


「それってどういうことですか?」

老若男女、子供づれの夫婦から孤独死を待つ老人、パーティーピーポーから卓上にカードゲームを広げるオタクまで幅広い顧客層を獲得することに成功しているファミリーレストランの一角で僕はゲーム仲間の一人に詰め寄っていた。

 

事の発端は、その時点から少し前に遡る。その日、関東で行われた大きな大会に出場した僕とその仲間は打ち上げと称してファミリーレストランで夕食を共にしていた。その日は、顔の広いAの友人が全国各地から集まっており、結構な団体客となったため、必ずしも皆が仲の良い友人と同席できたわけではなく、全員がAとは友人であるものの、隣に座っている者の名前は知らないという歪な席次になっていた。

 

「今日は無礼講で行きましょう!」

畏まった空気を和ませようとしたのか仲間内の誰かが戯けた調子でそう言った。今回の大会でもAが優勝したのだ。僕自身はと言うと、予選を危なげなく通過したは良いものの、本選でAにあたり、あっけなくやられてしまった。悔しかったが、何となく清々しい気持ちになると同時に「大会に出るのも今回が最後かもしれないな」と思っていた。

 

そんな風に少しばかりの寂寥感を覚えながら席に座ろうとして空席の隣にいる男の顔を伺うも、その男に見覚えはなかった。ドラッグストアで数千円で買える脱色剤で手荒くブリーチを施したであろう長髪に赤と銀のメタリックなスカジャンを羽織っているその男は、明らかにその場の雰囲気から浮いていた。その不良っぽい外見がなんとなく気になり、僕は他に開いている席はないのだろうかとざっと辺りを窺ったが、どうやらもうここの席しか開いていないようだと悟り、とはいえ床で飯を食べるわけにもいかないので、恐らくは歳上であろうその金髪男に「失礼します……」と断り、恐る恐る隣に座ることにした。

 

ファミリーレストランのボックス席には最大で6人まで座ることができる。僕と同じ卓についている金髪男以外の四人は知らない顔ではなかったものの、僕とはあまり打ち解けた間柄ではなかった。さらに悪いことに、僕と金髪男を除く四人は前々からのグループであるらしく、僕たち二人に一切構うことなく、会話を楽しんでいた。

 

僕は四人の楽しそうな声を聞きながらファミレスに入る前に急に痛みだした自らの大腸を恨んだ。あそこでトイレに入っていなければまだ話せる人間がいる卓につくことができたのに……。

 

疎外感を感じた僕が金髪男の様子を伺うと、彼も同じ気持ちになっているのか、痛んだ前髪を指で弄ったり用もないのに携帯端末を撫でたりして無聊を慰めていた。どうやら見た目よりもずっと人見知りな性格であるらしい。

 

それをみて仲間意識を感じた僕は、彼に話しかけてみることにした。

「それにしてもAさんは凄かったですよね、あの決勝の引き。やっぱり持ってる人は違いますよ」

Aは決勝で抜群の引きの強さを発揮し、劣勢であった盤面を一気にひっくり返していた。僕がこの話題を選んだのは天気やファッションの話題を広げるよりもずっと簡単で、当たり障りのないものだと思ったからだ。

「はあ?」

だが金髪男の反応は僕の予想だにしないものだった。彼は僕を嘲るように顎をあげ、鼻で笑った。

「お前、本当にあの男がああ何度も何度もそう都合よく必要なカードを引いて一発逆転してきたと思うのか?」

 

その口振りに不穏なものを感じた僕は思わず身を乗り出して、強い口調で詰め寄るように金髪男に食ってかかってしまった。身を乗り出した時に上げた膝がテーブルの裏に当たって痛かったけれど、そんなことはどうでも良かった。

金髪男は気を悪くしたのか眉をひそめたが、僕の真剣な表情をみて、まるで子供の夢を壊す喜びを見出したかのように薄く笑い、未だ会話に夢中な他の四人に聞こえないように声を落とすと「あいつの引きが強いっていうのは全部イカサマなんだよ。服の袖、靴の中、ジャンパーの裏、ありとあらゆるところに盤面を動かすキーとなるカードを仕込んでやがる。あいつはうまいからここにいる奴らだって殆どがそのことには気づいちゃいねえが、俺は一度気づいて奴を問い詰め、言質をとったことがあるんだよ。これはマジだぜ」と言った。

「いや……でもスタッフも巡回してるし、そんなことが……」

「できる。俺もやったことあるしな。あいつら眼は節穴だからバレる方が難しいんじゃないか?」

冷たい汗が背中を伝っていくのを感じた。どこかの卓で誰かが何かの飲み物を零した音がする。Aかもしれない。

「でも……」

頭の中にある記憶を辿り、なんとか金髪男の証言を否定する何かを探そうとするもそれ以上の言葉を紡ぐことができない。

それどころか逆にあの時も、あの時も、もしかしたらそうだったのかもしれないという思いが心中に去来した。

そんな僕の様子がおかしかったのか金髪男は急に吹き出すと、膝を叩いて笑いだした。その笑い声で他の四人も流石に僕達の様子がおかしいことに気づき、目を見開いている。

「あのなあ。何ムキになっちゃってんの? こんなゲーム、ただのお遊びだろ? イカサマかけられた方もそれで金取られるわけじゃねえし、別に気にしちゃいねえって」

ただのゲーム。その通りだ。同い年の連中は今頃、部活に、勉強に、汗を流して、頭を悩ませている。土日に派遣された某玩具メーカーやイベント運営会社の社員やアルバイトだってそれほど真剣にイカサマを取り締まっているわけではないだろう。貴重な青春の1ページをこんなことに使う奴らだ。騙すのも騙されるのも仕方がない。間違っていたのは最初から全部僕の方だったのだ。

 

その日以来、僕はカードゲームの大会には行っていない。何度かAから連絡があったが「受験勉強やれって親がうるさいから」といって断っているうちにやがて遊びに誘われることもなくなった。

 

勿論、Aの活躍に嫉妬した金髪男が嘘をついていた可能性は十分にある。実際のところ、Aは全て実力で勝ち抜いているのかもしれない。けれど、僕自身、Aの挙動を振り返って金髪男の証言を完全に否定することはできなかったのだ。結局、僕自身がAの実力を疑っていたのだろう。真実がどうあれ、僕にとってはそれが全てだ。

 

人間は大きく二つに分けられる。資本家と労働者。金持ちと貧乏人。モテと非モテ。持つ者と持たざる者だ。

だがその手に持っているものは本物なのだろうか。

 

自分が持っているものを実際以上に喧伝し、「持たざる者」を支配し、籠絡し、搾取しようとしてはいないか。

 

この一件以来、僕は多くの「持つ者」を見てきたが、なにかにつけて自分の力を大きく見せようとしてくる者と相対した時、僕はその人物の袖裏に『カード』が仕込まれていないかどうか目でみて確認せずにはいられないのだ。

    *    *    *

予定より長くなってしまいました。

次回は通常通りライトノベル、アニメの感想記事です。

もしかしたらVtuberの話をするかもしれません。

理想の主人公とは誰のこと? 『西野~学内カースト最下位にして異能世界最強の少年~』感想(2,934字)

理想の主人公像とはどういったものでしょうか。

ライトノベルを嗜むオタクな皆さんなら、こう聞かれたとき、ありがちな主人公像としていくつか思いあたるものがあるでしょう。
俺TUEEEE系主人公、やれやれ系主人公、鈍感系主人公……

すぐにあがるのはこのあたりでしょうか。

 

ライトノベルではヒロインの性格や見た目ばかりが重視されがちですが、実は主人公のキャラクターもラノベをヒットさせるための大きな要因になっているのではないかと私は思います。
考えてみれば、ライトノベルの読者の中には主人公に自己を投影して、その行動原理に共感したり、活劇のシーンで興奮したりする人も多くいるわけですからこれは当然です。
読者が所謂「萌え」を感じるのはヒロインに対してですが、読者が自己投影するのはヒロインではなく、それと結ばれるであろう主人公であるのですから、主人公が魅力的でなくては困るわけです。

 

物語を読んだ読者が、主人公の行動原理にまるで共感できない場合や、活劇のシーンが当初の設定から見て矛盾が生じるものである場合、読者はすぐに物語の世界から現実に引き戻され、本の頁を捲る手を止めて、現実に帰っていってしまうでしょう。そして二度と戻ってくることはありません。

 

従って、時にライトノベルの主人公は、表紙を大きく飾る貧乳金髪ロリータガールよりもしばしばその物語にとって重要なファクターとして我々の前に立ち現われるわけです。

 

今回、紹介するライトノベル、「西野~学内カースト最下位にして異能世界最強の少年」もまた、主人公がとても魅力的なライトノベルです。

 

内容について話をする前に、突然ですが、ここでこれを読んでいる皆さんに問いかけたいことがあります。

 

皆さんは所謂『イケメン』ですか?

 

具体的には二重瞼で、歯は黄ばみが一つ見られないほど白く輝いていて不揃いなものは一本もなく、顔のサイズは日本人平均よりもやや小ぶりで、小さい頃お父さんに連れられて通ったカット2000円の理容室を卒業して、お洒落な人種が経営するカット5000円の美容室に行き、きちんとファッションカタログを読んで美容師と相談した上で自分に似合う髪型を選んでいますか?

 

いついかなる時も場を盛り上げるトークスキルを磨くことを忘れず、周囲の人間を楽しませていますか?
カメラを持った雑誌編集者に渋谷や原宿で声をかけられ、読者モデルを経験したことがありますか?

もしここまで聞いて自分は『イケメン』だと躊躇なく断言できる方はとても幸せな人です。
是非そのアドバンテージを活かして今後の人生をより有意義なものへと変えていってください。

逆にここまで読んで自分は『イケメン』ではないと思ったフツメンのみなさん、共に頑張りましょう。今挙げた例の中の行動面に関する事柄について言えば、フツメンにもやれる事がある筈です。

 

しかし悲しきかな。生まれ持った顔というものはどうしようもありません。遺伝子というものは無情であり、外的要因を考慮に入れなければ、人の顔の骨格というものは生まれつき決定しています。
勿論、太っている人がやせたり、日々をポジティブに過ごしてよく笑うことで表情筋を鍛えたりして顔の印象を変えることはできるでしょう。
しかしそれでも、すべての人間が整形手術を抜きにした努力で雑誌やテレビで持て囃されているような人気俳優並のルックスを手に入れ、『イケメン』になれるかと言うと、やはり疑問が残ります。

 

さてなぜこんな話をしたかというと、このライトノベルの主人公、西野が所謂『イケメン』ではない『フツメン』だからです。

本文の説明によると、西野は

出で立ちは極めて普通の日本人。都内に所在する高等学校指定の制服姿。一重まぶたに不揃いの歯、やや突出した頬骨。髪型は彼くらいの年頃の男が美容室や床屋に行き、何も言わずに長さだけ伝えたら、そうなるような髪型

であるということです。普通です。日本のあらゆる教育機関の教室にいくらでもいそうな男子です。
しかし、そんな西野の内面はその外見に反して全く普通ではありません。

 

まだ学生である西野が裏で行っている仕事は、不思議な力、異能を用いて要人の護衛を行うなどといった裏稼業です。

殺すか殺されるかの環境に身を置き、気取りたがりの裏稼業の人間とつきあっている影響もあってか、西野の口調は普通ではありません。

 

例えば、彼がビッチだと言って嫌っているフランシスカという金髪美女に仕事を頼まれたときは、

フランシスカ、俺はアンタの顔がこの世で五番目に嫌いだ。ちなみに六番目に嫌いなのはジョージ・ブランメル肖像画だ。あれは人を馬鹿にしている

と気取った言い回しをして追い払います。この台詞、私なんかはカッコイイと感じてしまうのですが、それはあくまでイケメンが言っている場合であって、やはりフツメンの西野がこれをいっていると考えるとどこかおかしさを感じてしまいます。実際、フツメンの友達が大真面目にこんな喋り方をしていたら私は笑ってしまいます。
そしてそれが何度も繰り返されるようであれば、やがてそのおかしさは苛立ちの元へと変わっていくでしょう。

f:id:otadano:20180524011941j:plain

参考:ジョージ・ブランメル肖像画

 

しかし、西野はふざけているわけでもなんでもなく、大真面目にこの喋り方をしていて、普段通っている教室でもこの調子なので、当然、聞いているクラスメイトは鬱陶しく、西野との距離を置こうとします。そうした経緯で西野は「スクールカースト最底辺」になってしまったわけです。

 

これはそんな自らの状況に危機意識を持った「スクールカースト最底辺」の西野が異能の力を使ってクラスメイトの危機を救っていき、スクールカーストを一気に駈け上ろうとしたり、やっぱり無理で転がり落ちたりする話……ときくと、皆さんはこの物語に救いがないと思うかもしれません。

 

実際、西野は人間としては根本的な部分が良い人であるため、その報われなさに読者は同情することになるでしょう。

 

しかし、一巻のラスト、そんな彼にも救いがあります。いや、これは救いではなく真逆の呪いといった方が良いのかもしれません。
何故なら、数ヶ月前、クラスに転校してきた「同業者」の金髪女子は……。

 

この続きはWEB版なり、書籍版なりの方で確かめてもらうとして、最後にこれだけは言っておきます。

 

これはすべてのフツメンに捧げられた、フツメンの物語です。

 

西野の顔は普通です。しかしそれでも西野は魅力的な主人公なのです。今日び、西野のような気取った言い回しをするラノベ主人公は腐るほどいます。
しかしそれらの多くは、物語中でヒロインが「なによ……顔がちょっと良いからって……」などとぼやいて暗に主人公がイケメンであることを示唆します。
それは悪いことではありません。主人公がカッコいいのはいいことですから、私としても普段はそちらを読みます。

 

ですが、たまにはイケメンではないフツメンの話も読みませんか。このライトノベルに出てくるヒロインが可愛いのは勿論のこと、スクールカースト上位のイケメンに比べて外見にディスアドバンテージを持ちながらも、決して腐ることなく前向きに物事を捉えようとする西野は、ある意味、見方によってはカッコいいのです。

 

自己紹介

【自己紹介】

はじめまして。
本日からブログをつけていこうと思います。
おただのというものです。
正確な歳は伏せますが、20代の男です。

 

趣味は、ゲーム・アニメ・映画鑑賞などで

このブログには、

・アニメや漫画、ライトノベル、映画などの感想
・上記に関係するニュース
・オタ活のためのライフハック

などを中心に書いて行こうと思っています。
従って、読者としては

・他人の書いたアニメの感想が読みたい方
・アニメや漫画などの情報を探している方
・効率良くオタ活を楽しみたい方

と言った方々を想定し、楽しんで頂ける記事を書いていきます。
もしよろしければ読者登録等々お願いします。

ただし、今の所は所謂ニュースサイトとしてではなく、私自身が楽しめる趣味の延長としてできるだけ長いスパンで運営していきたいと考えておりますので今後の動向次第では、上記に含まれない内容の記事をあげることがあるかもしれません。

その点は予めご了承下さい。

 

さて、ここで終わってもいいのですが、長文がかけるということがブログのメリットですし、短文で終わるのは少し寂しいので、自己紹介の代わりに、自分が今回ブログという発信形式をとることになった切っ掛けについて語らせてください。

自分がブログを始めようと思った切っ掛けは、私が中学生のころのある出来事にあります。その日は、深夜にテレビで偶々観て以来ずっと続きが気になって毎週見続けていた某アニメの最終回が放送される日でした。

眠気に抗ってなんとかリアルタイムで最終回をみた私は、その余韻に浸りながらもあることが気になりました。そのアニメの抽象的なシーンの解釈が気になり、自分なりに答えは持っているものの、これをみた他の人はどう解釈したのだろうということがどうしても頭から離れなかったのです。


それを知るために私はインターネットの集合知に頼ることにしたのですが、
いざGoogleの検索バーにそのアニメのタイトルを打ち込んで検索をかけた私は思わず驚いてしまいました。
検索結果には、予想を超える数のブログが表示され、多くの人が自分なりの解釈でそこに記事を書いていたからです。
その中には、自分では気づかなかった斬新な切り口の論評もあれば、逆に首を傾げてしまう内容の記事もありましたが、それはともかく、世の中にはこれだけの熱量を持って好きなものについて語る人が多くいるのだと知って興奮し、自分もいつか情報の受け手から送り手になりたいと思うようになったというわけです。

あの夜からもう随分と長い時間が過ぎてしまいました。
それ以来、私は玉と石が混じりあった深夜アニメを観続け、時に興奮し、時に落胆してきました。何度も『もうアニメや漫画をみたり読んだりするのはやめよう。そんなことをしている時間は無駄なのだ』と自分に言い聞かせ、オタクをやめようとしました。
しかし結局はやめられず、また嵌ってしまうのです。

昨今はクールジャパンなどの潮流も手伝い、アニメや漫画が文化として再評価される傾向にあります。
ですが、それを愛する多くの人はすべてのアニメや漫画が優れているわけではないことを知っています。

それにも関わらず、とんでもない駄作かもしれない目の前のコンテンツを消費するために時間とお金をかけてしまうのは
いつか自分の人格にさえも強い影響を及ぼすような珠玉の作品を探しているからでしょう。
過去にアニメを見たときに感じた「好き」という感情が忘れられないのです。
「好き」という気持ちは人間の意思決定において、恐らくは最も強い感情なのだからそれは当然でしょう。

アルコールが好きな人はお酒を飲みます。依存症になって身体を壊しても尚飲み続けてしまう人もいる程です。
勿論、依存症は良くありません。しかし適量であれば、日々の雑事を紛らわし、時には予期しないコミュニケーションの活路さえも開いてくれる良薬にもなり得るのです。

私はお酒も好きですが、アニメや漫画、ライトノベルも好きです。
そしてその「好き」の気持ちを発信したいのです。
お酒が好きな人が地酒や銘酒の話をするように、好きなコンテンツの感想を言ったり、関連商品を紹介したいのです。

私がブログを始めようと思ったのは、詰まる所、これが理由です。
従ってこのブログでは「好き」を発信することはあっても「嫌い」を発信することはあまりないと思って下さい。
批評や論評は必要なことですし、ネガティブな感情に基づいて書かれた記事は時に人を魅了しますが、私が伝えたいのはあくまで「好き」という気持ちだからです。

だからこのブログのテーマを一言で表すなら

「好き」を発信する

となります。

それではよろしくお願いします!